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2012年11月12日 (月)

天ぷらの歴史と冬の味覚「公魚」

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天麩羅は、広く外国にも知られた日本を代表する料理の一
つです。
この天麩羅の起源は、今から約四百年前の戦国時代にまで遡り、鉄砲の伝来と共にポルトガル人によりもたらされたと言われています。ポルトガル語で四季の斎日 を表すテンポラが転じたもの、また同じくポルトガル語で料理、調味料を表すテンペラが転じたものとも言われています。
この天麩羅が広く日本人に食されるようになったの
は、江戸時代の中期で、当時は串に刺したものを屋台で調理され、人々は、間食として食していたそうです。
天麩羅が現在のように料亭などで一般的に供せられるようになったのは、明治期以降のことで、この意味では天ぷらは新しい料理と言えるかも知れません。

この天ぷらは関東と関西では少し趣きを異にしており、関東では江戸前の魚介類を調理したものが天ぷらで、野菜等を調理したものは精進揚げと呼び天ぷらと一線を画する向きもありますが、関西では特にこだわりはないようです。また、関東では揚げ油に胡麻油を加えたりしますが関西では加えません。これは江戸前の魚の泥臭さを消すためとか、綿実油より高価な胡麻油を加えることで高級感を出すためとも言われています。
このような歴史を持ち、地域により独自に発展して来た天ぷらですが、蕎麦や饂飩、さらには天ぷら丼等日本人の主食でもあるこれらの主食との相性の良さが、多くの日本人に愛され発展してきた最大の理由ではないでしょうか。
最後に冬を代表する天ぷらねたを一つ紹介して私の話を終えたいと思います。それは公魚です。冬に凍結した湖面に穴お開けて釣りをすることで知られているこの魚は、釣り人がその場で天ぷらにして食べられるように、天ぷらで食べるのが一番であると思います。これから寒さが厳しくなってまいりますが、寒さと共にその淡白な味わいは、一段と際立ってまいります。圓堂では、季節の食材を常に取り揃え皆様のお越しをお待ちしております。是非私共の天ぷらを気軽に御賞味下さい。

板場 小柳
京都祇園「天ぷら八坂圓堂」
京都市東山区小松町な566
075-551-1488
http://www.gion-endo.com/

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